「安定」と「挑戦」を掛け算し、日本の未来を共創する。株式会社越境社員ドットコム 宮川久史が語る、働き方の新たな可能性。

インタビュー概要

日本の経済が直面する「失われた30年」という長い停滞。そして、目前に迫る「2025年問題」という、経験豊富な人材が一斉に市場から去っていく国家的危機。これらの根深い課題に対し、私たちはこれまでと同じ方法で立ち向かうことができるのでしょうか。

もし、その答えが「新しいスキルを学ぶ(リスキリング)」ことではなく、私たちが既に持つ「スキルの解放」にあるとしたら?株式会社越境社員ドットコムは、そんな斬新な視点から日本の未来を再設計しようとしています。

代表取締役の宮川久史氏は、自らが15年以上にわたって「週1社員」という働き方を実践してきたパイオニア。彼の個人的な挑戦から生まれた事業は、今、個人と企業、そして社会全体を巻き込む大きなうねりを生み出そうとしています。今回は宮川氏に、事業の核心である「越境社員」というコンセプトから、その先に見据える壮大な社会変革のビジョンまで、余すところなく語っていただきました。

現在の事業内容や特徴を教えてください

私たちが運営している「越境社員ドットコム」は、一言で言うと、企業に勤める正社員の方々が、所属する会社(越境元)に在籍したまま、週に1日といった形で別の会社(越境先)で働く機会を提供する、法人向けのプラットフォームです。

この働き方を、私たちは「越境社員」と呼んでいます。これは単なる副業(複業)とは少し違っていて、社員の「安定」と「挑戦」の“いいとこ取り”を実現するモデルなんです。

週4日は自社で正社員として安定した給与を得ながら、週1日は社外の全く異なる環境で自分のスキルを試す。

転職のように今いる場所を完全に手放すゼロサムゲームではなく、今の基盤を維持しながら新しい可能性を広げる、パラレルな働き方ですね。

この仕組みが面白いのは、関わる三者、つまり「越境する社員本人」「送り出す側の企業(越境元)」「受け入れる側の企業(越境先)」の全員がハッピーになる「三方よし」のモデルになっている点です。

まず、社員本人にとっては、社内だけでは得られない新しいスキルや人脈を獲得でき、何より自分の市場価値を客観的に知ることで、仕事へのモチベーションが劇的に向上します。もちろん、追加の収入も得られます。

次に、送り出す側の企業。

社員が外の世界で得た新しい知見やネットワークは、巡り巡って自社のイノベーションの種になります。何より、挑戦する社員を応援する企業文化は、優秀な人材を引きつけ、定着させる上でものすごく強力な武器になります。

そして、受け入れる側の企業、特に地方の企業やスタートアップにとっては、正規雇用という大きなリスクを取らずに、大企業で経験を積んだ優秀な人材の知見をピンポイントで活用できるという大きなメリットがあります。

フリーランスの方との違いは、越境社員が「企業の看板を背負っている」こと。個人のスキルだけでなく、その背景にある越境元企業の組織的な知見やリソースまで活用できる可能性があるんです。

事業としては、2022年に「週4社員ドットコム」としてスタートし、出光興産様や、私の古巣でもあるカルチュア・コンビニエンス・クラブ様といった先進的な企業にご活用いただく中で、特にミドルシニア層の社員の方々のモチベーション向上に確かな手応えを感じてきました。

そして2025年1月、私たちはサービスを「越境社員ドットコム」へとアップグレードしました。これは単なる名称変更ではありません。「週4日」という働き方の“形”を提供するだけでなく、「組織の境界を越える(越境する)こと自体に本質的な価値がある」という、より大きなムーブメントを社会に創り出していくという私たちの決意表明なんです。

なぜこの事業を始めようと思ったのですか?

この事業は、机の上で考えたビジネスプランから生まれたものではなくて、僕自身の15年以上にわたる人生を賭けた「実験」そのものが種になっているんです。

僕のキャリアの原点は、カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)での13年間の会社員生活にあります。

そこで「TSUTAYAとスターバックスを組み合わせる」というBook & Cafe業態の企画や、Tポイントの立ち上げに携わりました。

この経験を通じて、異なるものを「掛け算」することで、1+1が2ではなく、5にも10にもなるという「共創」の面白さにのめり込んでいきました。これが僕の仕事の哲学の根っこになっています。

でも、会社員として大きなプロジェクトをやり遂げる中で、「一つの会社、一つのプロジェクトに縛られず、もっと自由に、複数の領域を横断しながら自分の価値を発揮したい」という想いが日に日に強くなっていきました。

そして2008年、当時当たり前だった「週5日×1社」という働き方に疑問符を投げかけ、会社を辞めるという大きな決断をしました。

時間や場所に縛られずに働きたい、大好きなハワイと日本を行き来する生活がしたい、という想いからハワイに会社を設立し、「週1日×5社」で働く「週1社員」という、当時としてはかなり風変わりな働き方をスタートさせたんです。

今でこそリモートワークやワーケーションは当たり前になりましたが、当時はそんな言葉すらない時代です。まさに自分の身体を使って、新しい働き方の可能性と課題を検証し続ける日々でした。

この15年間は、僕にとって壮大な「生きた研究開発(R&D)プロセス」だったと言えるかもしれません。この経験が、どんな競合も真似できない、この事業の揺るぎない土台になっています。

そして、転機が訪れたのが2020年4月7日。新型コロナウイルスの緊急事態宣言が発令された、まさにその日です。多くの人が強制的にリモートワークを始め、働き方について考え直さざるを得ない状況を見て、直感したんです。

「今こそ、僕の経験を社会に還元する時だ」と。会社員の持つ「安定」と、僕が実践してきた「週1社員」の「挑戦」。この二つの良いところを掛け合わせた働き方を提供できないか。それが「越境社員ドットコム」の直接の始まりです。

僕のモットーは「顧客に喜ばれるサービスは遊び(顧客体験)の中からしか生まれない」というものなんですが、まさに僕自身の人生を賭けた「遊び」や「実験」が、この事業のアイデアに繋がったんです。

事業を始めるにあたり、どのような課題や困難に直面しましたか?

一番の壁は、事業そのものの困難というより、日本企業に根強く残る「硬直的な組織文化」や「変化をためらうマインドセット」でした。

社員の時間は自社が100%所有するものだ、という考え方がまだまだ主流ですからね。

もちろん、プラットフォーム事業特有の「鶏と卵の問題」もありました。つまり、越境したい優秀な社員(供給)を集めるのが先か、彼らを受け入れたい企業(需要)を集めるのが先か、というジレンマです。

では、どうやってそれを乗り越えてきたか。実は、その答えこそが、先ほどお話しした僕自身の15年間の「週1社員」としての経験なんです。

この事業モデルが抱えるであろうリスクや課題は、僕がこの15年で既に自分の身をもって体験し、解決策を見出してきました。つまり、僕自身のキャリアが、この事業の最大のリスクヘッジになっているんです。

その上で、事業戦略として明確な答えを用意しました。

まず「鶏と卵の問題」に対しては、「供給サイド先行戦略」を取っています。つまり、まず質の高い人材をプールすることに集中する。

そのために、社員を送り出す側の企業(越境元)に対して、「人事部のコストを収益に変えませんか?」という、非常に強力で分かりやすいインセンティブを提示します。

これについては後ほど詳しくお話ししますが、この魅力的な提案によって、まず優秀な人材の供給源を確保する。

そうすれば、彼らを求める受け入れ先企業を見つけるのは、ずっと容易になります。

そして、日本企業の硬直的な文化という、より大きな壁に対しては、いわば「トロイの木馬」戦略でアプローチしています。

いきなり「会社の文化を変えましょう!」と壮大なビジョンを語っても、なかなか響きません。

ですから、まずは企業の人事部に対して、「社員エンゲージメントが向上し、しかも研修コストが利益に変わりますよ」という、具体的で、経済合理性の高い、測定可能な価値を提示します。

これは人事担当者にとって非常に魅力的な話です。これが「トロイの木馬」ですね。

そして、一度導入していただき、社内で成功事例が生まれれば、それが変革の強力な証拠になります。

活性化した社員の姿や、彼らが持ち帰る新しいビジネスの種を目の当たりにすれば、経営層もこのモデルの戦略的価値を理解してくれます。

このように、まずは現場で具体的な成果を出し、そこから全社的な変革へと繋げていく。抵抗勢力と議論するのではなく、結果で示すことで、内側から組織を変えていくアプローチを取っています。

「越境社員ドットコム」ならではの強みや価値について教えてください。

私たちの最大の強みは、他のどんな人材サービスとも根本的に異なる、独自のビジネスモデルそのものにあります。

一つは、「B2B2C」という構造がもたらす「信頼の制度化」です。一般的なフリーランスのマッチングサイトは、個人(C)と企業(B)を繋ぐ「C2B」モデルです。

そこでは、企業は個人のスキルや実績を自分たちで見極める必要があります。一方、私たちは企業(B1)が雇用する社員(C)を、別の企業(B2)に繋ぐ「B2B2C」モデル。

越境社員は単なる個人ではなく、「所属企業の看板を背負ったプロフェッショナル」として活動します。

受け入れ企業から見れば、送り出し企業の人事部が一次的なスクリーニング機能を果たしてくれているようなもので、品質のばらつきや信頼性といったフリーランス市場が常に抱える問題を構造的に解決しているんです。

これを私たちは「サービスとしての信頼(Trust-as-a-Service)」と呼んでいます。

もう一つの、そして最もユニークな価値は、昨今叫ばれている「リスキリング」に対する、全く新しいアンチテーゼを提示している点です。

多くの企業が多額の予算を投じていますが、社員からは「時間がない」「お金がない」「何を学べばいいか分からない」といった声が聞こえてきます。私たちは、この問題を根本から解決します。

まず、リスキリングが費用を「消費」するのに対し、「越境」は社外活動を通じて追加収入を「創出」します。

つまり、コストではなく、収益源になる。次に、ゼロから新しいスキルを学ぶのではなく、「今持っているスキルを、異なる環境で活かす」ことから始めます。

これなら即効性のある成功体験が得られ、それが更なる学習意欲に繋がります。

いわば、私たちのプラットフォームは「プレ・スキリング(リスキリングの前の診断)」ツールなんです。不確実な研修に投資する前に、まず自社の社員が持つスキルの本当の市場価値を、実社会で試してみる。

そうすれば、収益を得ながら、自社に本当に足りないスキルギャップがどこにあるのか、データに基づいて正確に把握できます。

そして、この構造が可能にするのが、私たちの最も革新的な提案、すなわち「人事部をコストセンターからプロフィットセンターへ転換させる」という、いわば“錬金術”です。

私たちの資料にある収支例を見ていただくと分かりやすいのですが、例えば、企業が10名の社員を越境させ、長期稼働する社員が中心のケースでは、年間で数百万円の純利益を生み出すことも可能です。

社員の成長支援が、コストではなく直接的な収益機会になる。これは、企業の人事戦略、ひいては財務戦略のあり方を根底から覆す、ゲームチェンジングな価値提案だと確信しています。

もはや、これは単なる人事ツールではなく、経営者が活用すべき戦略的CFOツールと言えるかもしれません。

この事業を通じて、具体的にどのような社会課題の解決を目指していますか?

私たちの事業は、日本の社会経済が抱える、非常に根深く構造的な課題に直接アプローチするために設計されています。

第一に、日本の「失われた30年」の象徴とも言える「賃金の長期停滞」です。平均給与が30年間ほぼ横ばいという状況は、個人の生活を圧迫し、経済全体の活力を奪っています。

越境社員という仕組みは、正社員としての安定を維持しながら、個人が自らのスキルで収入を増やすための、非常に現実的で有効な手段を提供します。

第二に、目前に迫る「2025年問題」、すなわち「知的資産の喪失」という国家的危機です。

日本経済を支えてきた経験豊富な団塊ジュニア世代が大量に定年退職を迎えることで、彼らが長年培ってきた専門スキルや現場の知恵、いわゆる「暗黙知」が、誰にも継承されることなく社会から失われてしまうリスクがあります。

これは計り知れない損失です。「越境」は、この課題に対する強力な処方箋になります。

例えば、大企業のベテラン技術者が、週に1日、地方の中小企業やスタートアップでメンターとして働く。そうすることで、彼らの貴重な知見が次の世代や新しい産業に受け継がれ、社会全体で再利用される道筋が生まれます。

そして、これらの課題の根底にある、最も本質的な問題が「人材の流動性の欠如」です。日本には、専門的・技術的な職業に従事する方が1,300万人以上もいると言われています。

しかし、その多くの才能は一つの企業の中に閉じ込められ、十分に活かされていません。

問題は人材の「不足」ではなく「滞留」なんです。私たちのプラットフォームは、この凍結された人的資本を解放し、経済の血流とも言える「知の循環」を再活性化させるための社会インフラなんです。

これらの課題を解決していくことで、終身雇用を前提としたキャリアしか歩んでこなかった方々が、自らの意思でキャリアを切り拓く「主体的キャリア構築」を当たり前にできる社会、そんな未来に繋げていきたいと考えています。

このビジョンが実現した時、私たちは既存の人材サービス市場のパイを奪い合うのではなく、企業内に眠る未開拓の知的資産を市場化することで、全く新しい「越境経済圏」という市場を創造しているはずです。

その経済効果は、保守的な試算ですら年間1.3兆円を超えると見ています。

私たちが目指すのは、組織の壁が溶け合い、企業間のコラボレーションが当たり前になる社会。個人の価値が、所属する会社の名前ではなく、社会全体への貢献度で測られる社会です。

この事業は、単に働き方を変えるだけではありません。信頼という通貨を通じて、個人を、企業を、そして日本の未来を繋ぎ直すための、壮大な挑戦なのです。

自社の社員を越境させたい企業様