
2026年4月、オンラインとリアルのハイブリッドで開催された第16回「越境社員カフェ」。今回のゲストは、南相馬市を拠点に馬を通じた新しい価値創造に挑む、一般社団法人 Horse Valueの代表理事・神 瑛一郎氏と、同理事の高田氏です。
「馬×企業研修」「馬×越境」。一見すると結びつきにくいこれらの要素が、なぜ現代のビジネスパーソンや組織にとって「最強の自己探求ツール」になるのかレポートします。
神瑛一郎さん(一般社団法人 Horse Value 代表理事)
東京都出身。幼少期から馬と触れ合い、2008年に全日本ジュニア障害馬術で優勝。
2009年・2010年には国民体育大会に出場し、2013年には日韓馬術大会の日本代表を務める。その後、馬術先進国であるドイツへ留学し、馬と人との関わり方について見識を深める。
帰国後、2020年に福島県南相馬市にて一般社団法人ホースバリュー(Horse Value)を設立。馬のミラー効果と心理学を掛け合わせた独自の組織開発プログラム「ホースミラーリングセッション」を開発し、これまでに約100社の法人クライアントへ提供。Forbes JAPAN「NEXT100」に選出されるなど、馬を活用した新たなビジネス領域を切り拓いている。
現在は、「馬の社会的価値を高める」というビジョンのもと、法人向け研修事業に加え、観光乗馬やコミュニティ型サブスクサービス「ウマット」の運営など、馬と人が共に歩む社会の実現に向けて幅広く事業を展開している。

高田さん(一般社団法人 Horse Value 理事)
愛知県出身。2005年より馬術を始め、2010年に全日本ジュニア選手権で優勝。全日本大会入賞など国内トップレベルで活躍し、東京五輪出場を目指して欧州へ渡る。オランダを拠点に約4年間プロ選手として活動し、ナショナルチームにも加入。2020年にはスペインで日本代表として国際大会に出場するなど、世界の舞台で経験を積む。
一方、一橋大学で人的資源管理を学び、競技経験と人間理解の研究を掛け合わせながら、人と馬の関係性に着目した独自の視点を培った。
一般社団法人Horse Valueの創設に参画し、理事として活動。馬のミラー効果と心理学を活用した組織開発プログラムの設計・ファシリテーションを担い、企業や自治体に向けた人材育成・研修を提供している。
Horse Valueの理事である傍ら、家業である機械商社の関係で一年半にわたる海外駐在を経験しており、現場から離れた中で活動を行う国際的越境社員でもある。

一般社団法人 Horse Valueは、南相馬市小高区で乗馬レッスンの提供や預託(馬を預かる事業)をベースとしながら、その「馬の力」をビジネスや教育の現場へと転換させる挑戦を続けています。
代表理事の神氏は、自らのキャリアを「すべて馬が起点になっている」と語ります。高田馬場(新宿区)で生まれ、馬術競技に打ち込み、大学卒業後はドイツへ。そして「馬を使って誰かの困りごとを解決したい」という想いで、馬と共に歩むために南相馬へ移住しました。そんな神氏が今、最も力を入れているのが「馬を活用した企業研修事業」です。
現在、馬の世界(馬事産業)は深刻な課題に直面しています。一つは引退競走馬のセカンドキャリアの問題、もう一つは深刻な人材不足です。 「これまでの関わり方だけでは、馬の居場所を守り続けることはできない。馬の新しい価値を作り出し、社会に提供する必要がある」と神氏は強調します。
そこで同じく競技選手として海外で活動していた理事の高田氏と共に開発したのが、馬を「鏡」として活用する独自のプログラムです。
これは単に馬に乗って楽しむレジャーではありません。馬の鋭い感性を利用して、人間の「内面」や「組織の課題」を可視化する、極めてロジカルな自己変革プログラムです。

研修の核となる考え方は、「ホースミラーリングセッション」です。
馬は、数万年にわたり肉食動物から身を守るために進化してきた草食動物です。そのため、周囲の生き物の「微細な緊張」や「感情の揺れ」を察知する能力が、人間とは比較にならないほど鋭敏です。
「馬は言葉を理解しません。しかし、人間の声のトーン、身体の強張り、そして心の奥底にある迷いを、瞬時に見抜きます」と高田氏は言います。
プログラムの一つに、馬と一緒に歩くセッションがあります。体重500キロを超える巨体を、細い紐一本で導く。犬のように力で引っ張っても、馬は動きません。人間が焦れば馬は警戒し、人間が適当な指示を出せば馬は混乱します。
「リーダーが迷っているとき、馬も一緒に迷います。逆に、リーダーが自分自身を整え、明確な意図を持って接したとき、馬は驚くほどスムーズに歩き出すんです」
ここでは、「自分の思っている自分」と「他人(馬)から見えている自分」の乖離が、残酷なほど明確に突きつけられます。「自分はリーダーシップがある」と思っていても、馬が動かなければ、それが現実。
チーム理解や相互理解を深める前に、まず「本当の自分を知る」こと。その矢印を自分に向けさせる力こそが、Horse Valueの提供する最大の価値なのです。

現代のビジネス現場は、メール、チャット、Web会議など「言語情報(デジタル)」に溢れています。しかし、信頼関係の構築やチームの士気に影響を与えるのは、実は「非言語(アナログ)」の部分です。
馬とのワークでは、参加者は言葉に頼ることができません。「歩いて」と言葉で命じるのではなく、自分の「意志」や「感情」を身体全体で表現し、馬に伝える必要があります。
「馬は言葉の声のトーンには反応しますが、言葉そのものを理解して忖度してくれるわけではありません。だからこそ、自分の感情をどう乗せて、どう伝えるかという『非言語コミュニケーション』のトレーニングになるんです」
Horse Valueのプロスタッフは、その様子を横で観察し、フィードバックを行います。 「今のあなたの動き、馬には迷いとして伝わっていますよ」「今のポジティブな変化、馬が反応しましたね」
心理学的な知見に基づいたコーチングを一体的に受けることで、参加者は自分でも気づかなかった自身の振る舞いのクセを修正していくことができます。

この取り組みは企業研修だけでなく、大学の授業にも導入されています。 「今の大学生は、SNSなどで他人の目は気にしますが、意外と自分自身に矢印を向ける機会が少ない。馬を通じて自分と向き合う経験は、彼らのキャリア形成に大きなインパクトを与えています」と神氏は手応えを語ります。
イベントのテーマである「越境」。 Horse Valueの本拠地である南相馬市小高区は、かつて原発事故により避難指示区域となった場所です。神氏は「一度人口がゼロになり、誰もがいわば『よそもの』になったこの街だからこそ、新しい挑戦に対して非常にオープンな土壌がある」と言います。
しかし、福島は首都圏から見れば物理的な距離があります。そこで、Horse Valueは「越境のハードル」を下げるための新しい戦略を打ち出しました。
「馬と環境さえあれば、全国どこでもこの研修はできる」という強みを活かし、千葉県我孫子市の乗馬クラブとの提携を準備しています。 「福島まで行くのは少し勇気がいるけれど、千葉なら行ける。そうやって少しずつ『近場の越境』から始めてもらい、最終的には本拠地である南相馬の空気を感じてほしい」

さらにユニークなのが、関わり方の多様性です。 Horse Valueの拠点にはWi-Fiが完備されており、PC一つで仕事ができる環境があります。 「朝は馬のお手入れや部屋の掃除を手伝って、昼間はガッツリ自分の仕事をする。夕方にまた馬と触れ合う。そんな関わり方も歓迎しています」
高いコストをかけた深い研修体験から、掃除のようなライトな体験まで。幅広いレイヤーで「馬の価値」に触れられる仕組みを作ることで、関係人口を増やしていく。これこそが、同法人が目指す「越境」のカタチです。
イベントの後半では、実際に研修を見学・体験した参加者からも熱い感想が寄せられました。
「普通の研修と違い、馬という『第三者』を介してチームがやり取りするので、コミュニケーションを増やさざるを得ないんですよね。初日と終わった後のチーム感が全然違うんです。参加者が頭も体も使って、いい汗をかいているのが印象的でした」
「越境」とは、単に場所を移動することではありません。自分の慣れ親しんだ「言語」や「ロジック」が通用しない世界に身を投じることです。
「馬の価値を最大化し、広く伝えたい」 神氏と高田氏のその想いは、南相馬という復興の地から、全国の組織へと波及しようとしています。もしあなたが、今のチームの閉塞感を感じていたり、自分自身のリーダーシップに迷いを感じていたりするなら。一度、馬の前に立ってみてはいかがでしょうか。
自社の社員を越境させたい企業様