
2026年5月12日、「越境社員カフェ」が開催されました。
今回のゲストは、岩手県・陸前高田で地域エネルギー事業を推進する陸前高田しみんエネルギー株式会社の代表取締役の 大林氏。
国際協力機構(JICA)でのタンザニア駐在経験から、震災後の陸前高田でのまちづくり、そして地域エネルギー事業まで――。
「越境」というテーマを軸に、地域課題に向き合う姿勢や、“自分ごと化”の重要性について語られました。
大林孝典さん
茨城県出身。大学時代アカペラサークルに所属し、グループの一員として陸前高田市を初めて訪れる。大学卒業後は、JICA(国際協力機構)に就職し、8年勤務。2015年、「1つの場所に根をおろした生き方・働き方」をテーマに、東日本大震災で大きな被害を受けた第二の故郷・陸前高田に移住。 移住後は、市役所に6年勤務。新たな復興・まちづくりのための新規事業立ち上げを担当する中で、陸前高田しみんエネルギー株式会社の設立に携わる。人口減少に伴い公助の領域が小さくなっていく中、エネルギーの地産地消を通じた地域課題解決に可能性を感じ、 2021年4月に同社に転職。2025年から代表取締役を務める。 その他、海外経験を生かし、陸前高田市国際交流協会の会長や、米国の姉妹都市クレセントシティとの友好交流団体の会長などを務めている。

大林氏がJICA時代に赴任していたタンザニアでは、地方分権化が進む一方で、地方行政には「人・予算・技術」が不足していました。
その中で象徴的だったのが、ある村での“道路建設”の取り組みです。
隣町には病院があるにもかかわらず、アクセス道路がなく、急病人を運べない状況が長年続いていました。
行政だけでは予算不足で実現できなかった課題に対し、住民たちは「自分たちで道を作ろう」と立ち上がります。
1年かけて、約60kmの道路を住民主体で整備。
途中、小川に橋を架ける部分だけは行政が支援し、結果として“限られた予算で大きな公共インフラ”が完成しました。
この事例について大林氏は、「住民たちの力を引き出すことができた」と振り返ります。
もともとタンザニアには、地域の課題を地域で支え合いながら解決していく「自助・共助」の文化が根付いていました。
しかし、長年にわたり海外から多くの支援を受けてきたことで、“支援の優等生”と呼ばれる一方、次第に「誰かが助けてくれる」「外部から支援を受けるもの」「国や行政がなんとかしてくれる」という意識が強くなっていった側面もあったといいます。
その中で重要だったのは、外から一方的に支援を与えることではなく、地域の中に眠っていた主体性や当事者意識を引き出すことでした。
住民と同じ目線に立ち、一緒に手を動かしながら、「本当に自分たちではできないのか」を問い続けることで、かつて地域に根付いていた自助共助の精神が少しずつ呼び覚まされていったそうです。

震災後、陸前高田に移住した大林氏は、市役所勤務を経て、地域エネルギー事業に携わるようになります。
そこで見えてきたのが、「人口減少社会における行政の限界」でした。
税収が減る一方で、道路やインフラ維持コストは大きく下がりません。
そんな中で立ち上がったのが、地域電力会社である 陸前高田しみんエネルギー です。
陸前高田では、地域全体で毎年約10億円もの電気代が地域外へ流出しており、その多くが仙台の電力会社へ支払われています。
「このお金を地域の中で循環させることはできないか」――。
そんな問題意識から、地域内で電力を供給し、エネルギーを地産地消する取り組みが始まりました。
地域電力事業では、東北電力と比較して競争力のある価格で電気を供給しながら収益を生み出し、その利益を地域課題の解決へ再投資しています。
例えば、
高齢者の移動課題を解決するための電気バスの運行
子育て世帯向けの電気料金支援
地域内でのエネルギー循環の仕組みづくり
など、“税金”だけに頼るのではなく、“電気というエネルギー”を活用して地域課題を解決するモデルを目指しています。
その先にあるのは、「エネルギー自立」の実現です。
中東情勢や世界的なエネルギー価格高騰など、外部環境に左右されるのではなく、地域でエネルギーを生み出し、地域で使い、地域を支える。
エネルギーを単なるインフラではなく、“地域の未来を支える資源”として捉え直す挑戦が、陸前高田で進められています。
イベント全体を通じて何度も語られたのが、「当事者意識」というテーマでした。
大林氏は、現在の陸前高田について「まだ地域全体としての当事者意識は十分に高いとは言えない」と語りました。
タンザニアで道路整備が実現した背景には、“隣町の病院に病人を運べない”という切実な課題を抱えた村人たち自身が、強い当事者だったことがあります。
本当に困っている人がいたからこそ、「誰かがやってくれる」のではなく、「自分たちで動かなければならない」という意識が生まれ、住民主体の行動につながっていきました。
一方で、地域づくりや地方創生においては、どれだけ優れた構想や事業であっても、“地域の中に本気で課題を解決したい人がいるか”が極めて重要だといいます。

ディスカッションでは、地域視察についても話題に。
地域視察は、ただ見学するだけでは“観光”で終わってしまうことも少なくありません。
だからこそ大切なのは、「すでに危機感を持っている人」を現場へ連れていくことだといいます。
特に行政や地域関係者においては、“課題が自分ごと化されているか”が、行動変容の分岐点になると語られました。
参加者からは、JICA関連の仕事を通じて地域に関わってきた経験も共有されました。
その中で印象的だったのが、「よそ者」という立場についての話です。
外部から地域に入る人は、どうしても“よそ者”として見られることがあります。
当然ながら、その土地で生まれ育った人たちと同じ経験や背景を持つことはできません。
だからこそ、現地に入ると、自分の中にあった“当たり前”や“常識”が次々と崩されていくといいます。
そのどれもが、自分の想像とは異なることも多く、難しさや戸惑いを感じる場面も少なくありません。
しかし一方で、その「常識が壊される感覚」こそが、越境する醍醐味でもあるという声が上がりました。
“越境”とは、単に場所を移すことではなく、
「自分の常識を壊し、新しい当事者意識を持つこと」。
そんな学びに満ちた時間となりました。
自社の社員を越境させたい企業様