【イベントレポート】地方採用から始まった二拠点生活。宮崎で見えた「越境」と組織づくりのリアル

2026/9/18

2026年9月2日、第19回「越境社員カフェ」が開催されました。

今回のゲストは、株式会社mayclass(メイクラス)代表取締役の矢澤佑紀子さん。

オンライン秘書サービスの立ち上げをきっかけに、東京に本社を置きながら宮崎県で拠点を立ち上げ、現地での採用・組織づくりを経験してきた矢澤さんに、「地方採用」をテーマとしてお話しいただきました。

地方で人を採用することには、どのようなメリットがあるのか。一方、東京と地方の離れた拠点をマネジメントする際には、どのような難しさが生まれるのか。

実際に地方で採用し、組織をつくったからこそ分かるリアルな経験とともに、「地域と関わること」の意味について考える時間となりました。

登壇者紹介

株式会社mayclass 代表取締役 矢澤 佑紀子さん

東京都北区赤羽生まれ。現在は3歳の息子と愛猫(雌猫・サスケ)を含む家族4人で暮らす。

2014年、リクルートスタッフィングにて人材派遣営業としてキャリアをスタート。その後、ベンチャー企業の創業メンバーとして飲食店・レンタルスペースの立ち上げ・運営に携わる。

2018年、オンライン秘書サービス事業をメインとする会社を立ち上げ、東京に本社・宮崎市に支社を構え事業を拡大。2020年に同事業を売却。

その後、マニュアル作成会社の取締役を経て、2025年1月に株式会社mayclass(メイクラス)を設立。

現在は経営の傍ら、福岡県中間市と連携した新規産業創出プロジェクトに参画。地域の伝統に根ざした陶磁器「なかま焼」の普及・PR活動にも取り組んでいる。 起業以前には、秋田県藤里町への移住体験(約2週間)も経験。地方創生や人と地域のつながりへの関心を持ち続けている。

 

「自分がいなくても、会社は回る」——地方との出会いが起業のきっかけに

矢澤さんが地方と深く関わるようになった原点は、会社員時代に訪れた秋田県藤里町でした。

当時は人事、総務、労務、経理、営業、店舗マネジメントなど、多くの仕事を一人で抱え、「自分がいなければ会社が回らない」と思うほど働き続けていたといいます。

そんな状況の中、友人が地域おこし協力隊として活動していた藤里町を訪れ、しばらく東京を離れて過ごすことになりました。

そこで気づいたのが、「自分がいなくても、会社は意外と普通に回っている」という事実でした。

自分がいなければ組織が成り立たないと思っていたものの、実際には自分が不在でも仕事は動いていました。

この経験を通じて、業務を一人で抱え込むのではなく、特定の人に依存せずに組織が回る状態をつくることの重要性に気づいたと振り返りました。

また、この経験から、「働く人がもっと働きやすい環境を、自分自身でつくってみたい」と考えるようになり、起業へと踏み出します。

東京では採用できない。それなら地方で採用してみよう

2018年に立ち上げたのが、オンライン秘書サービス「nene」でした。

場所に縛られず働ける環境をつくることで、出産や子育てなどを理由にキャリアを諦めざるを得なかった人にも、新しい働き方を提供したい。

そんな思いから始まった事業でした。

しかし、事業を拡大していく中で直面したのが「採用」の問題です。

当時はまだ現在ほどリモートワークが一般的ではなく、東京でも必要な人数を採用することが難しい状況でした。

そこで矢澤さんが考えたのが、地方での採用です。

当初は「東京より人件費が低い」という経済的な理由も大きかったそうですが、実際に地方へ足を運ぶことで、それ以上の価値が見えてきたといいます。

なぜ宮崎だったのか?

地方採用の候補地として、福岡、徳島、仙台など複数の地域を訪れた中で、最終的に選んだのが宮崎県でした。

大きな理由の一つが、行政からの手厚い支援です。

初めて宮崎を訪れた際には、県や市の担当者が出迎え、オフィス候補地や地域の企業、飲食店などを案内してくれたとのことです。

しかし、それ以上に重要だったのが、「自社が求める人材と、その地域との相性」でした。

オンライン秘書という事業において、コミュニケーション力やサポート力を持った人材との出会いは非常に重要です。

実際に地域を訪れ、人と話すことで、

「この地域の人たちとなら、一緒に事業をつくっていける」

と感じられたことが、宮崎への進出を決める大きな理由になりました。

さらに、地域での人との距離の近さも大きな魅力だったといいます。

飲食店で出会った人から別の人を紹介してもらったり、プライベートなつながりが採用や仕事につながったりするなど、東京とは異なるスピードで、人と人との関係から新しい機会が生まれていきました。

6カ月で15名を採用。地方で見つけた「人件費以上の価値」

宮崎では、東京と宮崎を行き来しながら、現地で採用とチームマネジメントを進めました。

その結果、会社を立ち上げて間もないベンチャー企業でありながら、約6カ月で15名の採用に成功しました。

宮崎には大手企業のコールセンターなども多く、採用競争は決して簡単ではありませんでした。

それでも「東京のベンチャー企業の仕事を、宮崎でできる」という新しい選択肢に魅力を感じてくれる人たちが集まってきたといいます。

地方採用を始めた当初は、人件費や採用コストといったメリットに目が向いていました。

しかし、実際に得られたものはそれだけではありませんでした。

東京では出会えなかった人材との出会いや。地域に新しいキャリアの選択肢をつくれたこと、そして、メンバーから自発的な改善提案が生まれるチームをつくれたことなど地方採用は、単なる「コスト削減の手段」ではないと振り返りました。。

二拠点での運営で直面した、マネジメントの課題

一方で、宮崎での取り組みでは課題もありました。

当時、矢澤さんは東京と宮崎をそれぞれ10日ほどのペースで行き来していました。

宮崎では採用やメンバー育成、チームマネジメントを担当し、東京では新規営業、顧客対応、事業開発、経営などを行うという役割分担です。

その中で特に難しかったのが、離れた場所にいるメンバーのマネジメントでした。

矢澤さんは当時の経験について、「情報を届けることはできても、感情を届けることが難しかった」と振り返ります。

チャットや電話を使えば、業務上の情報は共有できます。

一方で、メンバーがどのような悩みを抱えているのか、どこで困っているのかをリアルタイムに把握し、適切なタイミングで対応することには難しさがありました。

現地に責任者を配置し、チャットや電話も活用しましたが、それだけでは解決できない部分もあったといいます。

そこから矢澤さんが学んだのが、遠隔で組織を運営するためには、単に「人を採用する」だけではなく、仕事を進めるための仕組みそのものを整える必要があるということでした。

例えば、

といった準備です。

当時は事業を始めたばかりで、サービスや業務フロー自体も変化し続けていました。

「判断できるのが自分しかいない」という状態で地方拠点をつくったことも、一つの反省点だったと語りました。

現在、矢澤さんがmayclassで「仕組みづくり」を支援している背景には、このときの経験があります。

離れた場所にいても組織がきちんと回るためには、「誰かの頑張り」に頼るのではなく、業務や判断基準を仕組みにしていく必要がある。

地方拠点を運営した実体験が、現在の事業にもつながっています。

地方進出に向いている会社、まだ急がない方がいい会社

自身の経験を踏まえ、矢澤さんは地方進出に向いている企業についても紹介しました。

地方進出と相性が良いのは、

「業務手順や判断基準が整理されている」
「地域と長期的に関係を築く意思がある」
「採用後に現地メンバーへ仕事を任せられる」
「経営者が不在でも業務が進む」

といった企業です。

反対に、

「人件費を安くしたい」という理由だけで地方へ進出することや、採用後の教育体制が整っていない状態、すべての判断が本社や経営者に集中している状態では、地方進出を急がない方がよいといいます。

地方採用を成功させるためには、採用する地域を探す前に、まず自社の組織を見直すことが重要なのかもしれません。

地方を見るときに大切なのは「採用市場」

参加者との質疑応答では、「地方へ進出する際、どのようなポイントを見て地域を選べばよいのか」という話題も挙がりました。

矢澤さんが特に重要だと話したのが、その地域の採用市場を見ることです。

オフィスの賃料が安い、交通費を抑えられる、趣味を楽しめる環境がある、といった条件だけではなく、

「どんな人が暮らしているのか」
「自社のビジネスや文化との相性はどうか」
「競合となる企業はどの程度いるのか」
「どの年代の人が多いのか」
「副業とフルタイム、どちらに向いている地域なのか」

などを知ることが重要だといいます。

そして、こうした情報はインターネットで調べるだけでは十分ではありません。

実際に地域へ行き、そこで暮らす人たちと話してみる。

そこから初めて分かる情報があると語りました。

「支援しに行く」のではなく、「学びに行く」

今回のお話の中でも特に印象的だったのが、地域との関わり方についての言葉でした。

東京から地方へ行くと、「地方を支援する」という感覚を持ってしまいがちです。

しかし実際に地域へ入ってみると、むしろ自分たちが学ばせてもらうことの方が多い。

矢澤さん自身も、秋田、宮崎、福岡と異なる地域に関わる中で、それぞれの土地の人々から異なる学びを得てきたといいます。

地域へ行くことは、単なる地方創生でも、採用活動でもありません。

自分がこれまで知らなかった人や価値観に出会い、自分自身の選択肢を増やしていく「越境」でもあります。

矢澤さんは、

「今いる場所だけでは見えなかった、仕事の選択肢を増やすこと」

が、自身にとっての越境の意味だと語りました。

人とのつながりから、新しい仕事や地域との関係が生まれる

イベント後半では、参加者からも自身の二拠点生活や地域での活動についてさまざまな話が寄せられました。

地方に知り合いが一人できるだけで、その土地との距離は大きく縮まること。

二地域居住によって仕事だけではなく、家族や子どもにも新しい経験を提供できること。

そして、オンラインで働ける時代だからこそ、あえてリアルで人と会う価値があること。

参加者同士の対話からも、「人とのつながり」が地域と関わる最初の一歩になることが改めて感じられました。

AIやテクノロジーによって、場所を問わず仕事ができる環境はこれからさらに広がっていきます。

一方で、矢澤さんが繰り返し語っていたのは、そんな時代だからこそ「人と人とのつながり」を大切にしたいということでした。

その価値は単に「どこで働くか」を変えることではなく、これまで出会わなかった人とつながり、新しい選択肢に出会うことにあるのかもしれません。

今回の越境社員カフェは、地方採用の成功事例だけでなく、その裏側にある失敗や試行錯誤まで共有されたからこそ、地域と企業のこれからの関係を考える多くのヒントが詰まった時間となりました。

自社の社員を越境させたい企業様